
タキメーターとテレメーター:LEBOISの計測美学
クロノグラフを愛する者なら、ベゼルやダイアル外周に刻まれた「Tachymeter(タキメーター)」や「Telemeter(テレメーター)」というスケールに、無意識のうちに目が行くはずだ。これらは単なる装飾ではなく、かつて“精密機器”としての腕時計が人間の知覚を拡張するために備えていた実用計器である。LEBOISのクロノグラフに搭載される両者は、そのオーセンティックなデザインと共に、時計史における計測の美学を体現している。
クロノグラフを愛する者なら、ベゼルやダイアル外周に刻まれた「Tachymeter(タキメーター)」や「Telemeter(テレメーター)」というスケールに、無意識のうちに目が行くはずだ。これらは単なる装飾ではなく、かつて“精密機器”としての腕時計が人間の知覚を拡張するために備えていた実用計器である。LEBOISのクロノグラフに搭載される両者は、そのオーセンティックなデザインと共に、時計史における計測の美学を体現している。
タキメーターは「1km(または1マイル)」を走破するのに要した時間から速度を読み取るスケール。クロノグラフの秒針をスタートし、区間を走り抜けた瞬間に止めれば、その針が指す外周の数値が平均速度を示す。
一見シンプルだが、実は設計思想が奥深い。タキメーターは60秒以内の事象しか計測できない。つまり「人間の感覚で追える速度領域」を前提にしており、1000mを1分以内に走破できる対象は、自動車・列車・航空機といった20世紀モダンの象徴そのものだった。LEBOISのタキメータースケールは、この“速度と時間を直結させた20世紀的合理性”をダイアル上に凝縮している。
一方、テレメーターは速度ではなく距離を計算する。仕組みは物理学の教科書そのものだ。光と音の伝達速度の差を利用し、雷鳴や砲撃のように「光で見える→音で聞こえる」までの時間差を測ることで、その現象までの距離を算出できる。
クロノグラフ秒針を稲光の瞬間にスタートし、雷鳴が届いた瞬間にストップする。その針が指し示すテレメータースケールが、雷雲との距離を直読させる。20世紀前半、戦場や自然観測で活用された“実用科学”がそのまま腕時計の上に縮小されているわけだ。LEBOISのモデルでは、繊細な目盛りと共に、まるで戦場の将校や気象観測者の視界を覗き込むような感覚を与えてくれる。
他ブランドのクロノグラフにも両スケールは存在する。しかしLEBOISの解釈が面白いのは、デザインに過度な誇張がなく、機能がすっと“使える顔”として残っている点だ。ヴィンテージ由来のフォント、絶妙な外周配置、そして余白を活かしたバランスは、計器としての視認性とクラシックな美観を両立している。
つまりLEBOISのクロノグラフは、現代ではまず使うことのない「速度計算」「距離計算」という機能を、美学として保存しつつも、実際に“試してみたくなる”リアリティを持っているのだ。雷鳴の距離を測る遊び心、旧車で速度を割り出す実験──それを許容するのがLEBOIS流のクロノグラフ哲学である。