オペラと機械式時計|世界の時計ブランド、現代芸術、音楽の関係
オペラと機械式時計。一見すると異なる世界に思えますが、どちらも多くの専門技術を組み合わせ、正確なリズムの中で一つの物語を生み出す芸術です。
指揮者のもとで歌手、演奏家、舞台装置が呼吸を合わせるオペラ。調速機が刻む一定のリズムに従い、歯車や表示機構が連動する機械式時計。舞台の裏側に高度な技術を隠し、見る人には動きと感情を届けるという点でも、両者はよく似ています。
TRILOBE、A.ランゲ&ゾーネ、RAYMOND WEIL、Rolex、Bausele、Chopardなど、世界の時計ブランドがオペラをどのように時計へ取り入れてきたのかを紹介します。さらに、機械式時計と現代芸術、音楽、建築が共有する感覚についても考えます。
世界の時計ブランドはオペラとどう関わってきたのか
「オペラと時計の関係」は、すべてのブランドで同じではありません。歌劇場に設置された時計を腕時計の機構へ発展させたブランド、オペラハウスの建築をデザインへ取り入れたブランド、名作オペラをコレクション名にしたブランド、舞台芸術を長期的に支援するブランドがあります。
| ブランド | オペラとの主な関係 | 時計への表れ方 |
| TRILOBE | オペラ・ガルニエの天井、光、円環 | 回転リングとダイヤモンドによる動的表現 |
| A.ランゲ&ゾーネ | ゼンパー・オーパーの5分時計 | アウトサイズデイト、ZEITWERKの数字表示 |
| RAYMOND WEIL | 創業者のオペラへの情熱 | 名作オペラに由来するコレクション名 |
| Rolex | 世界を代表する歌劇場の長期支援 | 文化継承、芸術家育成、公式時計 |
| Bausele | シドニー・オペラハウスとの公式時計 | 設計スケッチと建築素材を時計へ採用 |
| Chopard | テノール歌手ホセ・カレーラスとの協力 | オペラハウスを刻んだ限定時計と慈善支援 |
A.ランゲ&ゾーネ|オペラ座の時計を腕時計へ
時計とオペラの歴史で特に重要なのが、ドイツのA.ランゲ&ゾーネとドレスデンのゼンパー・オーパーです。
19世紀の暗い劇場では、観客が時刻を知るために懐中時計の音を鳴らし、上演の妨げになることがありました。そこで後方席からも静かに時刻を確認できるよう、舞台上部に数字式の「5分時計」が設けられます。1841年に完成したこの時計の製作には、若きフェルディナント・アドルフ・ランゲも携わりました。
回転ドラムで時刻を表示する思想は、後の「LANGE 1」のアウトサイズデイトや、時・分を大きな数字で瞬時に切り替える「ZEITWERK」へ受け継がれています。A.ランゲ&ゾーネは、オペラ座に必要とされた実用的な時計表示を、現代の腕時計機構へ昇華したブランドです。


RAYMOND WEIL(レイモンド ウェイル)|名作オペラを時計の名前に
RAYMOND WEIL(レイモンド ウェイル)は、音楽、とりわけオペラをブランドの言語として育ててきました。
創業者レイモンド・ウェイルは熱心なオペラ愛好家で、「Fidelio」「Parsifal」「Nabucco」「Don Giovanni」「Othello」など、名作オペラに由来する名称を歴代コレクションへ採用しました。現在も「Maestro」や「Toccata」など、音楽に由来する名前が受け継がれています。芸術の作品「A.R.T」Audacity(デザインの大胆さ)Refinement(洗練された仕上げ)Transmission(世代を越えて受け継가れる価値と技術)音楽家一家の経営する時計会社ならではの発想です。
RAYMOND WEILがオペラの作品や作曲家を時計の物語へ取り込んだブランドなら、TRILOBEはオペラ空間にある光、建築、回転運動を、時間表示そのものへ取り込んだブランドといえるでしょう。
Rolex(ロレックス)|世界のオペラ文化を長期的に支える
Rolexは、特定のオペラを時計のデザインへ転用するのではなく、世界を代表する歌劇場と芸術家を長期的に支援しています。
提携先には、パリ国立オペラ、ミラノ・スカラ座、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場、ロンドンのロイヤル・バレエ&オペラ、ブエノスアイレスのテアトロ・コロン、モンテカルロ歌劇場、チューリヒ歌劇場などがあります。
一度上演されれば消えていく舞台芸術を、技能継承と長期支援によって未来へつなぐ。Rolexとオペラの関係には、正確な時間を刻み続ける時計と、世代を超えて文化を継承する姿勢の共通性が表れています。
Bausele(ボウスレ)|シドニー・オペラハウスを時計の中へ
オーストラリアの時計ブランドBauseleは、シドニー・オペラハウスと協力して同施設の時計を制作しました。文字盤は建築家ヨーン・ウッツォンの原設計スケッチから着想を得ており、世界的建築を象徴する帆のような屋根の曲線を腕時計のデザインへ落とし込んでいます。
特に興味深いのは、リューズ内部にオペラハウスのタイル片を封入したことです。時計を単なる記念モデルにとどめず、建築物の一部を実際に腕元へ携える作品にしています。TRILOBEがオペラ・ガルニエの光や運動を抽象的に表現したのに対し、Bauseleは建築の形と物質的な記憶を時計へ収めたブランドです。
TRILOBE(トリローブ)|オペラ・ガルニエの光と円環を時計へ
TRILOBEにとってオペラ・ガルニエは、単なるパリの名所ではありません。建築、絵画、彫刻、音楽、舞踊、光が一つに重なるこの空間は、芸術と機械を融合するTRILOBEの創作思想を象徴する存在です。
オペラ・ガルニエの客席天井には、マルク・シャガールによる円形天井画と巨大なシャンデリアがあります。天井画は12の区画から成り、鑑賞者の視線を360度へ導く構成です。その中央ではシャンデリアと多数の光が輝き、円環、回転、浮遊、光という視覚体験を生み出します。
針を文字盤の上で動かすのではなく、数字を記したリングそのものを回転させるTRILOBEの時間表示は、この空間と強く響き合います。時・分・秒を示す複数のリングが、それぞれ異なる速度で動きながら一つの時刻をつくる姿は、舞台上の演者が一つの作品を完成させるオペラにも重なります。
オペラ座の光を表現した「Une Folle Journée Diamant」
TRILOBEとオペラ・ガルニエの関係が最も明確に表れた作品が、「Une Folle Journée Diamant(ユヌ・フォル・ジュルネ・ディアマン)」です。
この時計では、立体的に浮かぶ3つの回転リングに合計150石、約3.1カラットのバゲットダイヤモンドをセット。時リングに70石、分リングに50石、秒リングに30石が配され、サファイアクリスタルのドーム内で光をまといながら回転します。
ダイヤモンドを載せたリングを安定して動かすため、リングの素材や構造、ムーブメントまで再設計されました。単にオペラ座の装飾を文字盤へ描いたのではなく、シャンデリアの輝きと円形天井の運動感を、実際に動く時計機構へ置き換えたのです。
TRILOBEは、かつてオペラ・ガルニエの歴史的建築との対比から議論を呼んだシャガールの天井画にも、自らの姿勢を重ねています。伝統を否定するのではなく、そこへ新しい表現を加え、やがて欠かせない存在になる。この前衛性は、従来の針を使わないTRILOBEの時計づくりにも通じています。

現在もオペラ・ガルニエを望むパリの工房
TRILOBEの時計工房は、パリのオペラ地区にあります。工房の窓からはオペラ・ガルニエのドームとヴァンドーム広場の記念柱を望むことができ、その場所でデザイナー、機械設計者、試作担当者、時計師が一つの屋根の下で制作を続けています。
したがってオペラ・ガルニエは、過去に一度だけ引用されたデザインモチーフではありません。TRILOBEが現在も時計を生み出すパリの風景であり、ブランドの芸術性を日常的に支える創造の背景でもあります。

Manufacture Royale(マニュファクチュール・ロワイヤル)|歌劇場を小さな音響空間へ
Manufacture Royaleの「Opera Minute Repeater Tourbillon」は、シドニー・オペラハウスを思わせるアコーディオン状のケースを備えています。ケースを開くことで複雑なムーブメントが舞台のように現れ、ミニッツリピーターが奏でる音を周囲へ響かせます。
ここでは歌劇場の造形が装飾として使われるだけでなく、「音を内包し、響かせる建築」という本来の役割が時計の構造へ置き換えられています。TRILOBEが視覚的な舞台をつくる時計なら、Manufacture Royaleは聴覚的な舞台をつくる時計といえるでしょう。
Chopard(ショパール)|ホセ・カレーラスと時計による慈善活動
Chopardは世界的テノール歌手ホセ・カレーラスとの協力により、1996年に時計コレクションを発表しました。初期の限定モデルでは、ケースバックに世界各地のオペラハウスを刻み、歌手と舞台芸術の世界を時計の意匠へ取り入れています。
この関係で重要なのは、単なる著名人とのコラボレーションではないことです。ホセ・カレーラスは白血病から復帰した後、治療研究を支援する財団を設立しました。Chopardは時計の販売を通じて同財団を支援し、オペラ歌手の人生、医療研究、時計づくりを長期的な慈善活動へ結びつけています。

Breguet(ブレゲ)|ヨーロッパの歌劇場と舞台芸術を支援
Breguetも、オペラやバレエを含む舞台芸術への支援を続けてきた時計ブランドです。2016年にはローマ歌劇場とのパートナーシップを開始し、時計製造だけでなく、歴史的な芸術文化を次世代へ継承する活動に関わりました。
A.ランゲ&ゾーネやTRILOBEのように、特定の劇場建築が時計表示へ直結した関係ではありません。しかし、18世紀末から続くメゾンとして、音楽、舞踊、装飾芸術と時計が共有してきたヨーロッパの文化的背景を支える存在です。

オペラそのものにも登場する時計
オペラの物語においても、時計は重要な役割を担ってきました。モーリス・ラヴェルの一幕物オペラ「L’Heure espagnole(スペインの時)」は、18世紀スペインの時計店が舞台です。時計師が公共時計の調整へ出かけた間に、妻の恋人たちが大型時計の中へ隠れるという物語で、大小の時計が鳴らす音も音楽表現の一部となっています。
オペラにおける時計は、単に時刻を示す小道具ではありません。物語の期限を告げ、人物を現実へ引き戻し、身分や人間関係を示し、ときには音楽のリズムそのものになります。モーリス・ラヴェルのファンも機械式時計ファンも意見の価値ありです!

機械式時計と現代芸術
現代芸術は、対象を写実的に再現するだけでなく、見る人の時間感覚、空間認識、身体感覚そのものを問い直します。動き、光、反復、音、素材、偶然性などが作品の一部となり、鑑賞者が時間をかけて体験することで初めて完成する表現も少なくありません。
現代の独立系時計にも、これと近い考え方があります。通常の針と目盛りを離れ、回転リング、ジャンピング表示、浮遊する機構、光の反射などによって「時間とはどのように見えるのか」を問い直す時計です。TRILOBEのリング表示は、時刻を素早く読むための道具であると同時に、時間の流れを目で体験するキネティック・アートのような側面を持っています。
ただし、機械式時計は自由な造形だけでは成立しません。作品として美しくても、時を正確に刻み、耐久性を保ち、腕に装着できなければ時計として完成しません。芸術的な発想と工学的な制約の緊張関係こそ、現代の創造的な時計づくりの面白さです。

機械式時計と音楽|時間を刻み、構成する芸術
音楽は、時間がなければ存在できません。音の高さだけでなく、テンポ、間、反復、アクセント、複数の声部の重なりによって、時間の中に構造をつくります。機械式時計もまた、調速機の一定の振動を基準として、歯車が異なる速度へ運動を分配し、時・分・秒を構成します。
オーケストラでは、それぞれ異なる音を奏でる演奏者が指揮のもとで一つの音楽をつくります。時計では、異なる役割を持つ部品が調和し、一つの時刻を示します。ミニッツリピーターや機械式ミュージックボックスのように、時計が実際に音を奏でる場合、この共通性は比喩ではなく物理的なものになります。
RAYMOND WEILがオペラ作品や音楽家の記憶をコレクション名へ受け継ぎ、Manufacture Royaleが音響空間をケース構造へ変換し、TRILOBEが舞台のような動きを文字盤上につくる。ブランドごとに方法は異なりますが、いずれも「時間を感情のある体験へ変える」という点で音楽とつながっています。
オペラと機械式時計が共通点
オペラと機械式時計に共通するのは、「時間を測ること」。
- 多数の専門家や部品が協働すること
- 正確なテンポと調和が必要であること
- 一つの小さな狂いが全体へ影響すること
- 高度な技術を舞台裏やムーブメントの中に隠すこと
- 最後には動きと感情として鑑賞者へ届くこと
A.ランゲ&ゾーネは、オペラ座の時計表示を腕時計の機構へ変えました。RAYMOND WEILは、名作オペラをブランドの物語として受け継ぎました。Rolexは、オペラ文化が次の世代へ続く時間を支えています。TRILOBEは、オペラ・ガルニエに宿る光、円環、舞台性、前衛性を、回転するリングによって「動く時間の芸術」へ変えています。

オペラが音楽と演者によって時間を物語に変えるように、TRILOBEは回転するリングによって時間を動きの芸術へと変えています。
コントワーヌと東京オペラシティ|芸術の街・初台で時計を見る

時計宝飾正規代理店コントワーヌは、東京・初台、代々木エリアに店舗を構えています。初台駅からお越しの際は「東京オペラシティ方面」の出口をご利用いただき、駅から店舗までは徒歩約4分です。
東京オペラシティは、コンサートホール、リサイタルホール、アートギャラリーなどを備えた初台の複合文化施設です。「タケミツ メモリアル」の名を持つコンサートホールは、天然木と現代の音響技術を組み合わせ、空間全体が一つの大きな楽器として響くよう設計されています。
東京オペラシティ アートギャラリーでは、絵画、彫刻、写真、映像、デザイン、建築など、近現代を中心とした多様な表現を紹介しています。同じ建物にあるNTTインターコミュニケーション・センター[ICC]では、メディア・アートをはじめ、科学、技術、コミュニケーションと芸術が交わる作品を体験できます。また、隣接する新国立劇場ではオペラ、バレエ、演劇が上演されています。
コントワーヌは音楽、舞台、現代美術が集まる初台という街で、機械式時計を「時刻を知る道具」だけでなく、技術と芸術が交わる作品として紹介できることには、大きな意味があると考えています。
コントワーヌは、TRILOBEおよびRAYMOND WEILをはじめ、独自の思想とものづくりを持つ時計ブランドの正規販売店です。東京オペラシティで音楽や美術に触れた後には、時計の文字盤に表れる光、動き、リズム、立体感も、ぜひ店頭でご覧ください。
写真だけでは、創造的な機械式時計の魅力は伝わりきりません。異なる速度で動く表示、光によって変化する文字盤、ムーブメントのリズム、ケースの仕上げは、実機を動かし、腕に載せることで初めて実感できます。